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まず楽になりたい

それから楽しんで生きれるようになりたい

散文的に これがいつか遺書の一部になればいい

今日は朝からすごく調子が悪くて、ああ昨日いっぱい活動したからかなとか、久しぶりにお酒を飲んだからかなとか、そんなことを思ってて
気晴らしに外に出て、でもどうしようもなく死にたくなって、家に帰ったら、なんだか疲れてしまって動けなくなった。
家に帰ると可愛いハムスターのよう子ちゃんがいる。
よう子ちゃんがいるから死ねない。
先生に生きなさいと言われたから死ねない。
両親に死なないでと言われたから死ねない。
仕事を放り投げる訳にはいかないから死ねない。

死ねない私があまりにもかわいそうで号泣してしまって、それからぱったり動けなくなった。

私の色んなことを考えた上での「死にたい」という意思は簡単に否定されてしまう。
あれ、私の人生って誰のもの?
私の尊敬する人たちよ、死ぬなって言葉がどれだけ残酷かわかって言ってんの?

とにかく私に死なないでと言うような人に頼りたくないと思った。
水分が取れなくて頭も回らなくて意識が朦朧としていて、これは入院しなければとか思ったけど、
入院費用とか手続きとかを両親にやってもらうと思うと、私に生きてなんて言うような両親には頼りたくなかった。
大好きだった先生も私に生きてなんて、酷いことを簡単に言い放った。
みんな否定して否定して否定して否定し倒すので、大好きだった人たちを、途端に憎いと思うようになった。

大好きな人達の言うことだから無下にもできなくてどれだけつらいか。
昔何かの本で読んだ、四肢をもがれて舌を切られてレイプされたどこかのお姫様を哀れんで殺してあげた父王のようであって欲しい。
健常者が愛する親や恩師から死を願われたら相当つらいように、私も生きることを望まれたらつらいということをなんでわかってくれないの。

友達はまだよかった。
生きろとか死ぬなとかは言わずに「やばいな」とだけ言ってくれた。

自分が歳を重ねられたから同じようにできるでしょう、同じようにすべきだよ、という年長者が憎い。

意識があまりにも朦朧として、身体が動かせなくて、死にたいけど死ぬ行動を起こす体力がなかった。
ぼぅっとしてるうちに恋人が帰ってきて、「顔が赤い」と言ってアクエリアスを飲ませてくれた。
カロリーメイトをもらって口に突っ込んで、唾液が出なくて飲み込めないなと思いながら恋人に「死にたい」って言うと、
「(あなたを)見てるともう死んでもいいような気がしてきた」と言ってくれた。
やっと受け入れてもらえたような気がして、救われた気がして、過呼吸を久しぶりに起こして全身が痺れて、
恋人が袋を口に当ててくれて、私の言葉を聞いてくれた。

「あなたが死ぬのは勿体ない、もっと死んでもいい人が山ほどいる」「いい人から死んでしまう」と私が死ぬのを惜しんでくれはしたが、
死ぬのを肯定されて、嬉しくて嬉しくて嬉しくて、やっと楽になれて、安心した。

「ここ(恋人の家)で死なれたら迷惑やけど」と言われたけど、昨日広島に行った時に、死ぬなら広島で死にたいと強く思ったので、ここでは死なないよと言った。

私の意思を尊重してくれる人なんてもうどこにもいないと絶望してたけど、一人だけ、しかも一緒に暮らしている人が許してくれた。
頭も身体も動かせない状態で、私の意思を否定する人から早く逃げようと、不確実な自殺方法を選ぼうと急いでいたけど、
確実な自殺方法を選べるまで生きることができそう。
逃げ道になってくれてどれだけ楽になれたか、本当にありがとう。