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まず楽になりたい

それから楽しんで生きれるようになりたい

他に何も持ってない

3月のライオンの今週話は神回だった。

自分が弱いのを人のせいにするなよ、わかっててもできないとか言うなよ、こっちは全部賭けてんだよ、弱いならやめろよ

主人公が公園で叫ぶシーン。

十代の頃の私も同じように叫びたかった。

みんな、他人の努力について疎い。
なにか凄いことをしたり、賞をとると、「◯◯はいいね。羨ましい。」とかほざいたりする。

お前らが努力してないだけなんだよ、こっちは全部賭けて努力したんだよ、気付けよ

って言わなかったけど言いたかった。

クラスの大体の人は、仲のいいグループを作って、遊んで、家でテレビを見たりゲームをしたりして、日々を送ってて。
でも私にはそれはできなかった。
性格に欠陥があったから、とか、可愛い服や物を買ってもらえる家じゃなかったから、とか、理由はいくつもあったと思う。
無理をしてみんなに合わせて笑うのも辛くて、ひとりで誰とも話さずにいるのも辛くて、自分の価値が無いみたいで辛くて、なにか自分の武器が欲しくて、たくさん勉強した。

自分がそのままじゃ他人から愛されないと思っていたから、いろんなことに挑戦して、色んな“ふつうのこと”を素通りして、一つのことに打ち込んだ。

私が成果を出しているのを見て、「賢い人はいいよね」と言う人も、ストレートに「ずるくない?調子乗ってない?」という人もいた。
「周りに合わせよなよ。浮いちゃうよ」という人もいた。
お前達と違って私は他になにも持ってないんだよ、逃げ場なんてないんだよ、だからこれしか、これに執着するしかないんだよ。

そんなに頑張ってなかったのに、成果が出なかったからと、泣く人もいた。
頑張ってないお前には泣く資格なんてないんだよ。

私より頑張ってないのに私を僻んで私の足を引っ張る人たちのことが許せなかった。

そういった想いが行き過ぎて、周りと壁を作って「自分は特別なんだ」という思い込みを何年も抱いて、孤立していた。
「努力していない人間は生きてる価値がない」と公言までしていた。

いま思うと随分子供っぽいなあとか色々恥ずかしいけど、ただあの時の自分には余裕も逃げ場もなかったから、本当に死にそうなくらい努力していた。

そんな感じで、今週の「3月のライオン」の桐山零くんを見てると凄く胸が熱くなった。